旅立ちまでの経緯

syurimama

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今、手が震えています。
涙もでています。

藍理が12月4日午後9時50分、旅立っていきました。
覚悟はしていましたが、本当に本当に突然の別れでした。

今まで藍理、私を支えてくださり、ありがとうございました。

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経緯をお聞きいただければと思います。

【11月28日】
定期検診
心臓の音は変化なしなので、この日はレントゲンを撮らず、
薬を頂いて、次回12月19日に定期検診との話をして、終了。
藍理の状態に変化なし。


【11月29日】
肺水腫を起こした日。
あれからちょうど1年。
少し咳があったが、2か月シャンプーをしていなかったので、
これ以上寒くなる前にとシャンプーを手早くした(つもり)。
その夜、少し呼吸が速かったが、いつものように元気。

【11月30日】
やはり少し咳をするが、元気。
特別変わった様子もない。

【12月1日】
この日は鍼灸に日。
藍理は気持ち様さそうに鍼をして貰った・・・・・・・・・・・・・・・・・

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ただ、呼吸数ではなく、呼吸が大きい。
それにたま~に苦しそうに咳をするが、すぐ治まる状態。

ホリスティックの先生から、


『呼吸状態、心音からなるべく早くレントゲンを撮るように』


そう言われた。

【12月2日】
朝は普通だが、なんとなく調子が悪そう。

仕事中16時位に母から電話があった。


『藍理が苦しそうなので、帰ってきてほしい』

母に

藍理に利尿剤を飲ませるようお願いして、

慌てて帰った。

母のところで、藍理は少しだけ苦しそうな感じで、
発作までの状態ではなかった。
そのまま病院に連れて行った。


主治医の先生はお休みのため、違う先生の診ていただいた。

結果は、

肺水腫の疑いあり』

『このくらいの状態であれば、注射をして、帰ることもできる』

『でも夜中に具合が悪くなったら、すぐ連れてくる必要がある』

『入院させた方が、良いとは思うが・・・・』

そう言われた。

今まで利尿剤を使ってこなかったから、
利尿剤の反応も良く、
きっとすぐに元気になるだろうと思い、
藍理を入院させた。

【12月3日】
病院に電話をして藍理の状態を確認。

『昨日より落ち着いています』

『退院できるかどうかは、面会に来たとき、判断します』



夜、藍理の面会に病院へ・・・・・

主治医は

『昨日の状態より、良いです』

『状態が落ち着いているので、後は利尿剤での治療としましょう』

と退院することになった。

ただこの時、

『2度目の肺水腫なので、余命は1か月と思ってください』

『1か月生きられたら、また次の1か月頑張りましょう』

そう言われてしまった。。。。。

先生は、

『食欲があるうちは大丈夫』

そうも言っていた・・・・


先生から藍理を渡されて、帰る時、
なぜかは分からない、本当にわからないけど
先生に


『藍理、もう来ないよね~』


みたいなことを
お別れのようなことを
先生に言っていた。。。。

先生は、


『次回の予約(12/12)まで来ないように・・・』

って。

分からない、なんでこんなことを言っていたか・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


家に帰ってから、藍理はご飯を完食☆
おしっこもたっぷり☆

この夜は何もなく、みんなでベッドで寝ていた・・・・

これで藍理は落ち着いてくれ、
後はまたいつ利尿剤を抜けるのかなって考えていた・・・・・・・・・・・・・・・・




この夜が最後の夜になるとは思いもしなかった・・・・・・